戯言ヲトメツバキ(完)
言葉にならないものを、少しでも言葉にしようとしていました。
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1231
こんにちは。
最近やったことはこんな感じ。
1.部屋の模様替えをした(金属棚を買う、等々)。
2.就職を意識して、公務員試験について調べ始めた。
3.センティバルを回し始めた(有人衛星の更新、等々)。
4.忘年会で久しぶりの人と会った。
最近できなかったことは、
5.修論の手直し(これから、やる)。
今年の経験を振り返るとこんな感じ。
<臨床+心理>
・内部実習1
・内部実習2
・外部実習1(軽度発達障害児のSST)
・外部実習2(統合失調症慢性期患者のデイケア)
・小学校メンタルフレンド
・修論(研究計画・助成金申請・インタビュー・中間発表・学会発表・分析・論文執筆)
・研究会(箱庭・はこら研・プレイセラピー・ロールシャッハ)
<演劇>
・火男web
・鳥公演
・紙風船
・あひる手伝い
<人>
演出家K
人間Wさん
人間Yさん
人間Hさん
人間Kさん
人間Aさん
同期S
同期O
総合文化学郡の人たち
O先輩
H先生
家庭教師
あたしが自分を3つの言葉で描写すると、
「知るのが遅い」 「方向性が不安定」 「他者との繋がりが弱い」
とかってなるんですよ。きっと。
全部ネガティブな書き方をしたが、ひっくり返せばポジティブな面も出てくるんだろう。
ポジの方は、感じとしてはないこともないのだが、言葉にできるまでになっていない。
暫定的に3つ挙げてはみたけれど、きっとこれの原因を掘り下げることもできるし、
具体的なレベルではこれらの1つあるいはいくつかが混ざり合って現象を起こしてる。
1つ目と2つ目なんて、結構分かちがたいところがあるんだろうけども。
でもそのあたりはざっくりまとめて横に置いといて。
別にどっから山を登ってもいいと思うんです。
「知るのが遅い」をターゲットにするんだったら、そこから、「どういう情報源が足りなかったのか」とか「どうしてそういう情報にアクセスしなかったのか」とか「遅いことが今までどんな現象を当たり前のように引き起こしていたか」とか考えて、じゃあこうしたら遅さをちょっとでも改善してついてけるようになるんじゃないかみたいな方法を考えて、とりあえずやってみて、それがどんなもんか吟味して、きついわーとかおもしれーわーとかこっちの方法のがいいんじゃねーかとか味わってみるんだ。
「他者との繋がりが弱い」ってのは多分けっこうな部分が感情的に縛られて道が狭くなってるところがあって、それは具体的には恥だったり不安や恐怖や怒りやうんざりや混乱であろう。まとまってないが、これもやはり結局のところ、暫定的にやれそうな対処法をとりあえずやってみて経験を重ねて、そこから自分や周りはどんな反応をするのかについて慎重にモニタって調整していくしかないんだろう。一番の難題だと思う。今ぼくはすごい修論を逃げたがっているけれど、それに余裕で匹敵するし、修論にももっそい絡まっているのは先日きづいた通りだ。
最近やったことについては色々たくさん感じたことがあって、それをこのあたりに言葉にして撒き散らしたい気持ちはずいぶんと高まっているのだけれど、あまり明確な根拠をともなわずに、そいつらを一旦ぼくの中にとどめてみて、コーヒーフィルターのように抽出して何かが出てくるのを待とうと思っている。僕は中学3年生のころからこんな形式でネット上に文章を書き散らしてきて、それについてはほんの僅かばかりの自負と呼べるようなものもあったと思うのだけど、目的が設定された文章を書く段にはその経験なんかまったく糞の役にも立たないことを思い知り、自分で思っていた自分と現実の自分とのギャップがクニャリクニャリと矯正されていっている。ヒャアしんどいッ!とても激しく動揺する。ああでもこれ落ち着いてちゃんと飲み込めて、そんで次に生かせるようになったら、またちょっと次に進めんだろうか。あたしはほんと進みが遅い。歩みが鈍いっつーか。でもこれはなんかもう、悪い意味に限らなくて、もうこれからどうにか変わるもんでもないような気もしている。
生きるちゅうんは、かくも苦しく難しく、面白きものだないや。
最近やったことはこんな感じ。
1.部屋の模様替えをした(金属棚を買う、等々)。
2.就職を意識して、公務員試験について調べ始めた。
3.センティバルを回し始めた(有人衛星の更新、等々)。
4.忘年会で久しぶりの人と会った。
最近できなかったことは、
5.修論の手直し(これから、やる)。
今年の経験を振り返るとこんな感じ。
<臨床+心理>
・内部実習1
・内部実習2
・外部実習1(軽度発達障害児のSST)
・外部実習2(統合失調症慢性期患者のデイケア)
・小学校メンタルフレンド
・修論(研究計画・助成金申請・インタビュー・中間発表・学会発表・分析・論文執筆)
・研究会(箱庭・はこら研・プレイセラピー・ロールシャッハ)
<演劇>
・火男web
・鳥公演
・紙風船
・あひる手伝い
<人>
演出家K
人間Wさん
人間Yさん
人間Hさん
人間Kさん
人間Aさん
同期S
同期O
総合文化学郡の人たち
O先輩
H先生
家庭教師
あたしが自分を3つの言葉で描写すると、
「知るのが遅い」 「方向性が不安定」 「他者との繋がりが弱い」
とかってなるんですよ。きっと。
全部ネガティブな書き方をしたが、ひっくり返せばポジティブな面も出てくるんだろう。
ポジの方は、感じとしてはないこともないのだが、言葉にできるまでになっていない。
暫定的に3つ挙げてはみたけれど、きっとこれの原因を掘り下げることもできるし、
具体的なレベルではこれらの1つあるいはいくつかが混ざり合って現象を起こしてる。
1つ目と2つ目なんて、結構分かちがたいところがあるんだろうけども。
でもそのあたりはざっくりまとめて横に置いといて。
別にどっから山を登ってもいいと思うんです。
「知るのが遅い」をターゲットにするんだったら、そこから、「どういう情報源が足りなかったのか」とか「どうしてそういう情報にアクセスしなかったのか」とか「遅いことが今までどんな現象を当たり前のように引き起こしていたか」とか考えて、じゃあこうしたら遅さをちょっとでも改善してついてけるようになるんじゃないかみたいな方法を考えて、とりあえずやってみて、それがどんなもんか吟味して、きついわーとかおもしれーわーとかこっちの方法のがいいんじゃねーかとか味わってみるんだ。
「他者との繋がりが弱い」ってのは多分けっこうな部分が感情的に縛られて道が狭くなってるところがあって、それは具体的には恥だったり不安や恐怖や怒りやうんざりや混乱であろう。まとまってないが、これもやはり結局のところ、暫定的にやれそうな対処法をとりあえずやってみて経験を重ねて、そこから自分や周りはどんな反応をするのかについて慎重にモニタって調整していくしかないんだろう。一番の難題だと思う。今ぼくはすごい修論を逃げたがっているけれど、それに余裕で匹敵するし、修論にももっそい絡まっているのは先日きづいた通りだ。
最近やったことについては色々たくさん感じたことがあって、それをこのあたりに言葉にして撒き散らしたい気持ちはずいぶんと高まっているのだけれど、あまり明確な根拠をともなわずに、そいつらを一旦ぼくの中にとどめてみて、コーヒーフィルターのように抽出して何かが出てくるのを待とうと思っている。僕は中学3年生のころからこんな形式でネット上に文章を書き散らしてきて、それについてはほんの僅かばかりの自負と呼べるようなものもあったと思うのだけど、目的が設定された文章を書く段にはその経験なんかまったく糞の役にも立たないことを思い知り、自分で思っていた自分と現実の自分とのギャップがクニャリクニャリと矯正されていっている。ヒャアしんどいッ!とても激しく動揺する。ああでもこれ落ち着いてちゃんと飲み込めて、そんで次に生かせるようになったら、またちょっと次に進めんだろうか。あたしはほんと進みが遅い。歩みが鈍いっつーか。でもこれはなんかもう、悪い意味に限らなくて、もうこれからどうにか変わるもんでもないような気もしている。
生きるちゅうんは、かくも苦しく難しく、面白きものだないや。
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1226
僕は自分が、こうありたい自分に向かって新しいことに挑戦するときに、
とても振る舞いが不細工になってしまって、一発で偽者だと見抜かれたり、
そのことを恐れるあまりに挑戦するきもちから封印したくなる傾向が強いので、
空気を読んだ振る舞いをしようとして上滑りになってる人を嫌いになれない。
(もしかすると、僕が想像するのとまったく異なる心性で生じているのかもしれないが)
だからそれは数を重ねてこなれるまで、温かく見守れる人は見守るとよいと思うし、
もしそれがうまくできていると自分で思っていて向上心が失われているようならば、
それを気づかせるための関わりはしたいと思う。(これを今の僕はできる気がしない)
今日は愛さんの芝居を観に駒込へ行く。
愛さんは素敵。
芝居を観てると、色んなことが沸いてくる。(浮上する)
それは放っておくと、ほとんどは潜っていく(沈んでいく)
そしてあまり意識しなくなる。(たまに、とどまるものもある)
逆に、意識して、それを掴んでおくこともできる。(トラック)
しかしそれはうまくやらないと、容れ物だけ掴んでいて、
なかみはするっと消えて(逃げて)しまう。
沸いてきたとき、というのは、
僕という土壌(培地のようなもの)の上で、何かが変化する。
その変化は、ほとんどが、わずかなものだ。
(たまに連鎖していって、オセロのように大きくひっくり返ってしまうこともある)
新しいものがわずかに生まれたり、
元からあるものが、わずかに
色が変わったり、ふくれたりしぼんだり、動いたりふるえたり、硬くなったり、
うるおったり、すけたり、ねじれたりする。
元あったもの同士が、作用しあって、くっついたり、はなれたり、共に変化したりする。
「センティバル」と名前をつけた、プロジェクトを進めています。
プルタバルタの具体例です。
長らく放置してしまってきていた、有人衛星(ユージン・サトラーテだかサテラートだか)は
実はそのセンティバルによって形成したものを披露する場です。
このセンティバルは、年内を期限としたプロジェクトなので、
数日中に、有人衛星の方にいくつかなにかを更新すると思います。
ブログを読んでくださってるみなさんへ。
もし気が向いたら、そっちも覗いてみてくださるとうれしいです。
もしなにかコメントをくれたら、とてもうれしいです。
(とか、おねだりをしてみます。)
今回、他人が読みやすいように、ストーリーラインを意識したりしていますので、
少しは残念な感じが抜けるのではないかと思っています。
とても振る舞いが不細工になってしまって、一発で偽者だと見抜かれたり、
そのことを恐れるあまりに挑戦するきもちから封印したくなる傾向が強いので、
空気を読んだ振る舞いをしようとして上滑りになってる人を嫌いになれない。
(もしかすると、僕が想像するのとまったく異なる心性で生じているのかもしれないが)
だからそれは数を重ねてこなれるまで、温かく見守れる人は見守るとよいと思うし、
もしそれがうまくできていると自分で思っていて向上心が失われているようならば、
それを気づかせるための関わりはしたいと思う。(これを今の僕はできる気がしない)
今日は愛さんの芝居を観に駒込へ行く。
愛さんは素敵。
芝居を観てると、色んなことが沸いてくる。(浮上する)
それは放っておくと、ほとんどは潜っていく(沈んでいく)
そしてあまり意識しなくなる。(たまに、とどまるものもある)
逆に、意識して、それを掴んでおくこともできる。(トラック)
しかしそれはうまくやらないと、容れ物だけ掴んでいて、
なかみはするっと消えて(逃げて)しまう。
沸いてきたとき、というのは、
僕という土壌(培地のようなもの)の上で、何かが変化する。
その変化は、ほとんどが、わずかなものだ。
(たまに連鎖していって、オセロのように大きくひっくり返ってしまうこともある)
新しいものがわずかに生まれたり、
元からあるものが、わずかに
色が変わったり、ふくれたりしぼんだり、動いたりふるえたり、硬くなったり、
うるおったり、すけたり、ねじれたりする。
元あったもの同士が、作用しあって、くっついたり、はなれたり、共に変化したりする。
「センティバル」と名前をつけた、プロジェクトを進めています。
プルタバルタの具体例です。
長らく放置してしまってきていた、有人衛星(ユージン・サトラーテだかサテラートだか)は
実はそのセンティバルによって形成したものを披露する場です。
このセンティバルは、年内を期限としたプロジェクトなので、
数日中に、有人衛星の方にいくつかなにかを更新すると思います。
ブログを読んでくださってるみなさんへ。
もし気が向いたら、そっちも覗いてみてくださるとうれしいです。
もしなにかコメントをくれたら、とてもうれしいです。
(とか、おねだりをしてみます。)
今回、他人が読みやすいように、ストーリーラインを意識したりしていますので、
少しは残念な感じが抜けるのではないかと思っています。
1225
23日は駅前のサイゼリヤで活動のメモ書きを3種類くらい書いていた。
夜は実家に帰って、ステーキなんぞを食べて、わが町のビデオをダビングした。
24日の昼間はセンティバルをやっていた。
夜にリクウズルームの芝居を見てから吉祥寺で長野・岡本と飲んだ。
茗荷谷への終電を逃した場合、池袋よりも大塚で降りる方が家が近い。
25日は小学校の終業式で、とてもいまいちで、
そのあと院の人と家でお酒を飲んだ。
プロは理論が状況-行動と繋がったまま即座に生じて自動化される。
「バランス理論」「やじるし理論1・2・」「しっぽ理論」と呼んでみる。
・なぜうまく行かないかわからないとき、バランスの視野が狭くなってないか気にしてみる。
・臨機応変の修正は必要だとしても、ある程度その日の予定は予め→見通しを持っておくといい。
・静的な状態をもって把握を満足するのでなく、常にそれが生じる「動き→」につなげて考える。
・資源の有限性から全く異なる企画は互いに足を引っ張る。しっぽの結ばれた2匹の獣のように。
対人的なやり取りについて、関係性の視点から解釈することに凄い偏っている。
でも具体的な関係性のレパートリーやらバリエーションやら特性へのイマージュはまだないので
実用性はまったくなくて、ただ他人や自分をぐじゃらとかき回すだけになっている。
生兵法の有害性。
はやく次のステップに進まなければ、環境が圧力をかける。
時間の要因ってのは、決して馬鹿にできない。
夜は実家に帰って、ステーキなんぞを食べて、わが町のビデオをダビングした。
24日の昼間はセンティバルをやっていた。
夜にリクウズルームの芝居を見てから吉祥寺で長野・岡本と飲んだ。
茗荷谷への終電を逃した場合、池袋よりも大塚で降りる方が家が近い。
25日は小学校の終業式で、とてもいまいちで、
そのあと院の人と家でお酒を飲んだ。
プロは理論が状況-行動と繋がったまま即座に生じて自動化される。
「バランス理論」「やじるし理論1・2・」「しっぽ理論」と呼んでみる。
・なぜうまく行かないかわからないとき、バランスの視野が狭くなってないか気にしてみる。
・臨機応変の修正は必要だとしても、ある程度その日の予定は予め→見通しを持っておくといい。
・静的な状態をもって把握を満足するのでなく、常にそれが生じる「動き→」につなげて考える。
・資源の有限性から全く異なる企画は互いに足を引っ張る。しっぽの結ばれた2匹の獣のように。
対人的なやり取りについて、関係性の視点から解釈することに凄い偏っている。
でも具体的な関係性のレパートリーやらバリエーションやら特性へのイマージュはまだないので
実用性はまったくなくて、ただ他人や自分をぐじゃらとかき回すだけになっている。
生兵法の有害性。
はやく次のステップに進まなければ、環境が圧力をかける。
時間の要因ってのは、決して馬鹿にできない。
1222
金曜日。
朝から晩まで家で逐語を起こす。
夜は知り合いの舞台を観に東松原へ行く。
打ち上げに参加して少し喋る。
土曜日。
朝から夜まで多摩センターで実習。部分的に活動を任せて貰う。
先生の言葉にぶすぶすくすぶる。ハッパがまだ、足りない。
他の実習生とほとんど初めて食事をする。
日曜日。
両親が家に来たので駅前で昼食を一緒に食べる。
そのあと知り合いの舞台を観に駒場へ行く。
海外から帰ってきた友人と神田で夕食を食べる。
月曜日。
昼過ぎに大学で内部実習の指導を受ける。
その後荻窪で友達に修論草稿を見てもらってコメントを貰う。
二日連続でブックオフに入り、またもや大量に購入する。
修論の第2稿を出してからの僕の毎日は、ひどくふわふわしていた。
主観的にはあまり心地良いものではなかったのだけど、
次のシークエンスに向けて、中身がモヨモヨと組み換わっていたようでもある。
幕の間。
「クワイエットルームへようこそ」「ヘルタースケルター」「愛煙家にも言わせて」
「脳噛ネウロ」「サムライうさぎ」「武装錬金」「医者以前の健康の常識」など読んだ。
どうやら僕は、会話をしてて盛り上がると声が大きくなりすぎることが時々あるようで、
相手から注意されることは2,3度あったのだが、昨日は店内の他の客に注意された。
自覚は全然無かった。お酒も全然入ってないのに。
肉を削ぎ落とす、僕の性質。
逆回転して、盛る想像力。
朝から晩まで家で逐語を起こす。
夜は知り合いの舞台を観に東松原へ行く。
打ち上げに参加して少し喋る。
土曜日。
朝から夜まで多摩センターで実習。部分的に活動を任せて貰う。
先生の言葉にぶすぶすくすぶる。ハッパがまだ、足りない。
他の実習生とほとんど初めて食事をする。
日曜日。
両親が家に来たので駅前で昼食を一緒に食べる。
そのあと知り合いの舞台を観に駒場へ行く。
海外から帰ってきた友人と神田で夕食を食べる。
月曜日。
昼過ぎに大学で内部実習の指導を受ける。
その後荻窪で友達に修論草稿を見てもらってコメントを貰う。
二日連続でブックオフに入り、またもや大量に購入する。
修論の第2稿を出してからの僕の毎日は、ひどくふわふわしていた。
主観的にはあまり心地良いものではなかったのだけど、
次のシークエンスに向けて、中身がモヨモヨと組み換わっていたようでもある。
幕の間。
「クワイエットルームへようこそ」「ヘルタースケルター」「愛煙家にも言わせて」
「脳噛ネウロ」「サムライうさぎ」「武装錬金」「医者以前の健康の常識」など読んだ。
どうやら僕は、会話をしてて盛り上がると声が大きくなりすぎることが時々あるようで、
相手から注意されることは2,3度あったのだが、昨日は店内の他の客に注意された。
自覚は全然無かった。お酒も全然入ってないのに。
肉を削ぎ落とす、僕の性質。
逆回転して、盛る想像力。
1217
ひさしぶりにぐっすり眠れそう。
昨日から今日にかけて、何人もの人に助けてメールを送って、時間を作ってもらって、話を聞いてもらった。僕は、こういうことが本当にできなかった。
今も別に、できるようになったわけではない。
ただ1回できて、2回できて、3回できただけ。
この苦手は、まだ依然として僕の中に帯び帯びている。
現に、次に話を聞いてもらいたい人にメールを送るのをめったら躊躇っている。
でも、1回できるまでが本当に長かった。
小さな一歩、偉大な一歩。
何かが変わり始めているんだと思っています。
気は抜けない。
昼に気を引き締めるために、夜は全力で気を抜くための努力をしよう。
ただし、それは力まない努力。
油断の魔の手、揺り戻しの誘惑。
結果として、だいぶ楽になったのだが、それゆえに気をつけねばならんのが、
「けっして、楽になろうとしてはいけない」ということ。だろう。
結果としてそうなるのと、最初からそこを目指すのは全く異なるのがこの場合だ。
助けるんじゃない。君が助かるんだ。
ああ、だから、手を貸してくれ。
ぼくはまだそこまで立派な風には、全くやれていないが。
未来を閉じないで。
拒絶も覚悟して。
相手のことを想像して。
分からなければ聞いてみて。
ちょっとずつ。
ちょっとずつ。
ちょっとずつ。
昨日から今日にかけて、何人もの人に助けてメールを送って、時間を作ってもらって、話を聞いてもらった。僕は、こういうことが本当にできなかった。
今も別に、できるようになったわけではない。
ただ1回できて、2回できて、3回できただけ。
この苦手は、まだ依然として僕の中に帯び帯びている。
現に、次に話を聞いてもらいたい人にメールを送るのをめったら躊躇っている。
でも、1回できるまでが本当に長かった。
小さな一歩、偉大な一歩。
何かが変わり始めているんだと思っています。
気は抜けない。
昼に気を引き締めるために、夜は全力で気を抜くための努力をしよう。
ただし、それは力まない努力。
油断の魔の手、揺り戻しの誘惑。
結果として、だいぶ楽になったのだが、それゆえに気をつけねばならんのが、
「けっして、楽になろうとしてはいけない」ということ。だろう。
結果としてそうなるのと、最初からそこを目指すのは全く異なるのがこの場合だ。
助けるんじゃない。君が助かるんだ。
ああ、だから、手を貸してくれ。
ぼくはまだそこまで立派な風には、全くやれていないが。
未来を閉じないで。
拒絶も覚悟して。
相手のことを想像して。
分からなければ聞いてみて。
ちょっとずつ。
ちょっとずつ。
ちょっとずつ。