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 0429: やかんかしらんが

ネットをしてて、偶然知り合いの書いたページを見つけて、すごく動揺する。
食い入るようにページをめくって、貪り読んで、気づくと目が痛くなっている。
ちっとも明細化できない感情が、漠然とした引力でもって揺さぶってくる。
確信犯で誤解に乗っかって、破滅して楽になろうと誘惑に襲われる。

こんなときの、ことばの処方箋。

「これはぼくじゃない」
「それはあのこじゃない」
「ごっちゃにしちゃいかん。」

別のことで苦しんでいるから、逃げたくなるのはしかたない。
でもほんとうに逃げちゃっちゃあ、これをやると決めた昔の自分に申し訳が立たない。

あのこはあのこでがんばっていてすてきですばらしいのだから、俗っぽく塗りつぶさずに、
ぼくはぼくでがんばればいいのではないかと、がんばるしかないのだと、がんばるれろと、
がんばるんばと、思っていければいいのだと。

おろかな僕が、いま僕にとってクリティカルだと思えることを、できるだけ、このブログに
載せていきたいと思っています。
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 0425

昨日は、療育のボランティアの活動と、塾のバイトの研修と、友人の送別会があった。

大学時代のサークルの後輩で、僕が友人だと思っている数少ない人のひとりが、
4月から働き出して、5月には地方に転勤になるというので、送別会を開いた。
8人くらい集まった。
芝居の話とか、彼女ができるかどうかという話とか、仕事の話とかをした。
なにかを確かめたり、さらしてみたり、別のものを混ぜてみたり、色々なことが起こった。
雨が降っていて、沢山お金を使った。

個別指導の学習塾のバイトの研修を受けた。
架空の事例を読んで、初回の指導スケジュールを組み立てるという実習をした。
その子の状態を把握して、ぴったりの目標を設定して、具体的な手続きを用意する。
正直、「うわめんどうくさい!」と思った。
前回陪席したとき、授業の裏にこんなめんどうくさい準備があったことを考えなかった。
こんなにめんどうくさいから、親御さんは、大切な子どもの大切な問題についてを、
わざわざお金を払って他人に頼んだりするのだろう。
専門家っていうのは、たぶんそういうことなんだ。
それの専門家になりたい。野心が肥大する音がする。ずい。

朝は療育活動の準備のためのミーティングに陪席した。
スタッフの方々が共有して編んでいる世界を、僕は狭い隙間からしか見ることができない。
彼らが交わしている言葉から汲み取れる意味が悲しくなるほど少ない。
霧間誠一が死に際に残した言葉がついと頭の端をよぎって、
ちり、という火のついた音と、くらり、という絶望の欠片が溶け出す音が同時に鳴る。

こないだ先生が、「僕は結局、人間が好きなんです。」と言ったのを聞いて、
この先生が言う「人間」に含まれない「ニンゲン」がどのぐらいいるのかということを思った。
岡本が、僕のブログは夢野久作みたいにぐじゃぐじゃしてるというので、なにか読んでみようと思う。
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 0424

参宮橋の勉強会の後の飲み会に参加して、最終丸の内線を寝過ごして、
ミスドも閉まってる時間、小雨の中を池袋からてろてろと歩き、
モスも閉まってる時間に家に着く。

人との出会いというものは、かくも雑多で。
「過程が重要ってこと。」とか、
「当たり前のことが当たり前にできるってのは、非凡だ。」とか、
かすっているけど絶対に命中しない言葉が飛び交う中、チリチリ過ごす。

ずうっと部屋にこもっていて、外に出ると、人や街の刺激が強すぎて、
意味を成すより前に圧倒されてしまう。

僕が今一番研究したいと思っていることは、
「なにゆえに腐るか?」ということで、
この腐るってのは、すこぶる精神的な意味で言っている。
ふて腐れるというのとはまた全然違う。

基本的に、裏っ返しになっているカードをめくれなければ意味が無い、のだと思う。
("うらっかえし"を変換したらウ落下壊死になってびっくりした。)
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 0423

 僕は今、アルバイトとボランティアを合わせて4つ掛け持ちしている。

一つ目は児童自立支援施設という、寮と学校がひとつになったような施設だ。
犯罪を犯した少年や虐待を受けた少年のうち、規則正しい生活習慣を習得することが
その子にとって適当と判断された場合に、期限付きで入所する。
ほとんどは児童相談所から措置されてくるが、家庭裁判所から送致される場合もある。
ここで児童の心理面接を担当している。(※1)(※2)

二つ目は個別指導の学習塾だ。
既存の学校や塾のカリキュラムにそのままついていくのが難しい児童を対象にして、
心理の専門家がその子に適切な目標設定とプログラムを用意する。
少し和らげて表現すると、器質的な障害が疑われる場合に心理の必要性が高くなる。
特別支援教育と理念は共通点が多いと思うが、民間なのでフットワークが段違い(多分)。
ここで講師をやる予定(まだ研修中)。

三つ目は、様々な障害を持つ児童を対象に、医療を中心に総合的な支援を行う施設で
少し前まで「軽度発達障害」と呼ばれてきた(そしてその呼称は撲滅されつつある)
子どもを対象とした、集団での社会性スキルトレーニングの活動に参加している。

四つ目は、去年の秋から続いている、家庭教師だ。
家庭教師と言っても児童の家を使えない事情があり、外で待ち合わせて授業をしている。
基本的に数学と英語を教えている。

(※1)
今ここの説明文を書いていて、自分がこの説明に必要な言葉を知らないのを感じる。
「措置」や「送致」もそうだが、法律では「犯罪」や「少年」も厳密に定義があって、
一般的には「犯罪」と呼ばれる場合でも、「虞犯」とか「触法」とかいう耳慣れない言葉が
ちゃんと用意されているのだ。
そういうこと、まわりの職員さんはみんなちゃんと知ってるんだから、早く覚えないと。
(※2)
そして、そういうことを専門的な言葉と、日常的な言葉の両方で説明できるようになりたい。
専門的な言葉は、専門家同士でコミュニケートするためと、専門性を明確にするために。
日常的な言葉は、受益者やお金を出してくれる人や社会とコミュニケートするために。
このぎごぎごちなさは、慣れていくもんじゃない。乗り越えていくもんだ。
クリティカルなものは依然として漠々だが、こういう補強的な領域は、もっとはっきりできる。

書いてみて気づいたのだが、僕はまだこれについて書けることが薄すぎるっち。
豊かに繁らす、評価して、目標を設定して、方法を探して、見つけて、実行する。
産まれて育ってくサイクル。
言葉の使い方も育てなきゃいかんし、言葉で表すべき根本は、もっともっとそうだ。
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 0420

 発達心理学と世界史の勉強をずっとやっていたら本当に気持ち悪くなったので
息抜きにXHTMLをやったら本当にちょっと楽になる。

僕は今やっていることがすごくいい巡り合わせの上にあることを信じてはいるが、
自分が今よりなにかマシなものになれるという見通しはまったくもって立たない。
なにも見つけられなければ、ずうっとそのままでもちっともおかしくない。
だから彼女をうらやましく思ったりする。
人と会わない生活を送っているから、こういう妄想が肥大するんだろうか。
だったら、人と会う生活っていうのは、なんだろう。
人、って、誰だ?

と、
こんくらいにしておこう。
寝ましょう。
オバラさんちにお邪魔しそうなテンションだ。

僕の近視眼は精神的にも相当なもので、現実に焦点を合わせることがなかなかできない。
感じられるものはほとんどが曖昧か、圧倒的だ。
まるで滑稽なダンスを踊っているかのような気がするぜ、まったく。
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