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 0109: クルスキユバルの纏々能

自分の文章のメッセージなど、ほとんど考えたこともなかった。

練らずに思いついたものを挙げるならば、

「僕はこんな風に生きてますよ」 か。

ためにはきっとならない。おもしろいかは人にもよると思う。

修論を直している一連の流れで大学に久しぶりに行ったら
図書館の貸し出し停止が解けていたので適当に何冊か借りた。

・「タバコはなぜやめられないか」(宮里勝政)
・「薬物依存」(宮里勝政)
・「タバコ」(宮城音弥)
・「Google経済学」(柴山政行)
・「図解 きほんからわかるモチベーション理論」(池田光・編著)
・「アカデミック・ライティング-日本文・英文による論文をいかに書くか-」(桜井邦朋)
・「弁護士が書いた究極の勉強法-小学生から学ぶ大人の成功法則28-」(木山奉嗣)
・「「超」文章法-伝えたいことをどう書くか-」(野口悠紀雄)

まず「究極の勉強法」を通して読んだ。
その参考文献の欄に、「「超」文章法」が載っていたので、今度はこれを読んだ。
ぼくが今苦戦している、修論執筆(完成)との距離感が絶妙だった。

ところで、

最近強く心に残っていることはこんな風にまとめられる。
「論理的な言葉と感情的な言葉は違うもので、補いあっているが場面によって重要性が変わる」
「論理的な言葉」と「感情的な言葉」を、「言語的コミュニケーション」と「非言語的コミュニケーション」
と言い換えてもいい。

最近のぼくは多分、コミュニケーションができるようになりたくて、これらを2つとも修得しようと
大変欲張っていた。

「「超」文章法」はとてもためになる本だと直感した。
一読しただけではその意味を充分に掬い取ることができなかったので、今後何度も読むだろう。

ぼくは論文を書きたがっているし、戯曲も書きたがっている。
おそらく、こいつらに共通する作法と、独特の作法と、作法に収まらないエッセンスがある。
ぼくはそいつらとこれから仲良くしていきたい。

文章。
ことばーァ、言葉っ。
コトバーハ、イランカネー。


・・・そっちの方にモチベーションが向かっていると、面白いようにピタピタと言葉がくっつく。
それこそ木山氏が「スポンジのような頭」とか「沸騰した頭」と喩えていたような状態だ。
逆に、モチベーションが向かっていない刺激が提示されてもまったく響かないのだろう。
カチンと表面にぶつかって、そのあとは滑り落ちて溶けて消えてしまう。

敏感な、もちもちとした、湿度の高めな、うるおった、火照った、ような、そんな、状態。
状態。

一緒にいる人の、もちもちの方向性に見当をつけながら、その人と話してみたい。
自分のもちもちだけでなくて、他人のもちもちも、きっと楽しい。

楽しくなかったら、それはそれでいいや。
今日もぼくは、ひとりごつ。
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