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 0204

ここ数日で脳内に溜まった思考の垢を吐き出すの巻。

1a
劇団地上3mmの稽古が2月の頭から始まっていて、とても節目のキリが良い。
舞台上のすべてはコミュニケーションだし、稽古中のすべてはコミュニケーションだ。
ぼくはコミュニケーションという言葉は、あまり好きではないのだが
(なぜなら、めちゃめちゃ重要そうなくせして、どう近づいたらいいか分からないから)、
もっと適切な言葉を探りつつ、暫定的なフックとしては中々の言葉なのではないかと思う。
ファウストの戯曲と格闘する。という言葉の意味は、ちょっとずつ染み込んできてる。
紙風船のときにやれたこと、やれなかったことを、もういちど反芻するのが大事に思う。

1b
多分、川口という人間は、「口にしたことすべてが今回の公演を面白くするためのヒントに
なっている」という、そういう風にできている人間なのだ。
川口が自分のことを「計算高い」と称するのは、そういうことなのではないか。
(違うかもしれない。)
とりあえず、YouTubeで東国原知事が喋ってるのを視聴覚する。
現在のキー概念は、「国語する」「そして伝える」「つまり動かす」「それを続ける」とか。

2a
最近は、「できるできない」とかいう離散的なものを、連続的に繋がりつつ距離の遠いもの
として捉えることが時々ある。
オリジンはなんだろう、学部3年の時のゼミ教官の伊藤先生が、質的変数と量的変数か
なにかの話をしているとき、「量的な隔たりが著しいものを質的に異なるという」みたいな、
確かそんな話をしていて、ふんふんと思ったのが最近の経験と絡んで育ってきたのかな。
もちろんほんとうに離散的なものも世の中にはあって、でもぼくたちが離散的だと思ってる
ものの中には、実は連続的なものがだいぶあって、でもそれらはカオス理論のように
カットオフポイントで真逆のフィードバックを受けるために、小さな相違が増幅される。
逆にある範囲においては細かな相違は帳消しにされてないことにされるか無視される。
時間で言えば締め切りとかがカットオフポイントなんだ。

2b
逆に、連続的だと思っているものでも、それらの値の中には気持ち悪いところがあって、
一般的には中途半端とか呼ばれているんだろう。
中庸が是とされるのは、気持ち悪いポイントが両端にあるようなケースだろうし、
中途半端が非とされるのは、気持ち悪いポイントが真ん中にあるようなケースだろう。
僕らの感覚とか、数字に表れるものは、大抵の場合多変量の関数の結果でしかなくて、
本当の意味で原因を探るっていうのは、僕らが思っているほど簡単なことではない。
だから現実的に原因を探る場合、原因という言葉の意味を限定しなければならない。


小石川の図書館は新刊がぽんぽん新刊棚に並べられるので、ついなにか借りてしまう。
ほとんどは「まえがき」「目次」「あとがき」だけ読んで返してしまう。
本とのこういう付き合い方が可能だというのは、それ自体では僕は贅沢で幸せなこと
だと今は思っている。それゆえに、これがディストラクタに使われないよう注意が必要だ。
こないだ借りた本は、「強いチームの報・連・相」「結局仕組みを作った人が勝っている」
「新しい学士をめざして」「家族心理学」「統計学」。今の自分の関心の方向性が見える。
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