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 0909b

・明日、実習の一貫だが旅行に行くことになったので、今はその前夜で、その空気にあてられて、折角なのでもう少し余計に言葉を連ねておきたくなる。携帯でみるとひどいことになってるんだろうね。すんません。

・カムヰヤッセンは観に行こうと思ってるが、予約を入れる気はあまり起こらない。観に行こうというのは、甘粕や菅原タツヤや西尾さんがどんな演技をしてるのかについての興味だったり、脚本家演出家人間としてのキタガワナニガ氏に対する興味だったり、宣伝メールを送ってくれたことに対する返報性の原理だったりする。予約を入れる気があまり起こらないのは、前回公演が自分的にいまいちだったので、1500円というチケット代金に見合う体験ができることを疑っていることや、知り合いが複数いて誰に予約をお願いするか考えるのが面倒臭いことや、最近人生に対する期待が高まっていて、突発的な面白事態のためにできるだけ予定を開けておきたいと思っていることなどがある。そんなわけで、観に行くならば日曜しかないことは分かっているし、観に行くならば予約は絶対すると決めてるにも関わらず、いまだに予約をしていない。

・僕は今回の修論研究を通じて、「ファシズム」という現象や、「習慣」という現象について考えたくなっているのだと思う。そうやって出来事を抽象化する思考の流れは、僕の場合、具体的なものを扱うことが嫌で逃げていることの表れである場合も多いので、その扱いには注意を要する。

・「知的トレーニングの技術」という本を図書館で借りていて、今日返した。僕はこの本について、ちょっとよろしくないことをしてしまって、それをなぜかここに書く。というのは、この本は絶版で、手に入れようと思ったら古書店を当たるしかない。しかし僕はその手間を渋って、本文をほぼ丸ごとコピーしたのだ。絶版になるくらいだから古い本で、コピーを取ることがこの本に与えるダメージの深刻度はある程度想像できたし、かといって本を傷めずにコピーを取る技術など持ち合わせていないのだが、それでもコピーを取ってしまった。このとき、図書館の本という公共物に対するマナーよりも、この本の情報を物理的に所有したい、しかも今すぐ確実に、という欲求の方が上回ったのだ。

・さっきの先輩の話から、システムと要素の話をしたくなる。システムという言葉は僕の中で、いくつもの要素がある関係性を持ちながら相互作用する全体、といったような意味合いで使っている。既存のシステムに新しい要素を追加した場合、システムに生じる変化は便宜的に二種類に分けることができる。それは、新しい要素自体が持っている効果と、新しい要素と既存の要素の新しい関係性による効果だ。この2つの効果は同じ領域に働いて、相乗的になったり相殺することもあるだろう。システムに新しい要素を追加するかどうかを判断する場合は、これら2つの効果が生じることを予測して決定しなければいけないが、前者である、新しい要素自体が持っている効果ばかりに注目し、関係性による効果を見落とすというミスをよくしがちである。もっとも後者については予測することが難しい場合もあるので、やってみなくちゃ分からない、やってみて問題があったらその時対応する、という戦略もあながち無鉄砲とも言い切れない。それで、僕が言いたいことは、僕というシステムの中に、先輩の価値観・方法論という新しい要素を追加する、という風に考えた場合、先輩の価値観・方法論それ自体は望ましい効果を持つにも関わらず、既存の要素(=僕)との関係性において様々な面倒な効果が生じているのだろう。これの場合、もう追加(同一化)は行われてしまったので、アンドゥはできない。だから僕ができることは、関係性による効果について目を光らせて、問題が生じたらできるだけ迅速に対応するという、それくらいなのだろう。
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