戯言ヲトメツバキ(完)
言葉にならないものを、少しでも言葉にしようとしていました。
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0816b
090731
「ストレートガール」作者、鞘マモルさんのブログより(前略)
会うという行為は、人間にとってとても大切なのだ。
(中略)
少ない情報から勝手に想像をふくらませて、
相手の心を決めつけてはいけないのだ。
(後略)
090814
「吠えてるんじゃなくて ないてるんだ」寿儀さんのブログより(前略)
私は、(恋愛でなく)興味を持ったひとに対して、まずなんの接触もしない。好きだなという部分と、これはどうよひくわまじきめえという部分をみつける。で、しばらくして接触を試みる。盛り上がったりときめいたり、それは束の間で、もう次にはそのひとの、まえからどうだろうそれはないだろう痛いなきもいな、ひくわあと感じている部分がすごく気になる。距離が近づくからますますよく見える。吐きそうなほどに。
すぐに伝えることはない。(中略)
で、我慢ならなくなって、私がそのひとに、クッション置いたり置かなかったりオブラートに包んだり包まなかったりで気になることを言う。指摘する。揶揄する。
するともう、相手絶望、「嫌われた」と思い込み泣いたり騒いだり固まったり。「あなたに言われるようなことじゃない」「関係ない」もしくはほかのひとにかばってもらったり、えんえんしくしくしにたいようなどなど。
ちーがーうーのーにー。疲れる。(後略)
(前略)
この本は、読者自身の心が容認する程度にしか役に立たないでしょう。人は、自分の個人的な心の動きを通して受容できた程度に応じてのみ、他者の心の動きを共感と尊敬をもって認識することができるのです。
(後略)
「パーソナリティ障害の診断と治療」(ナンシー・マックウィリアムズ)より
100回読みたい文章。分かるまでとりあえず10回は読むつもりで。
自分にできないことをやれていて、それによって生じる反発も受け止めて生きている人を尊敬する心を忘れないようにしよう。やっぱり僕は弱い人間で、「そういう人もいるよね」「あれはあれで問題だよね」などの言い訳をこしらえて、劣等感や失敗体験を覆い隠そうとする。あるいはもっと単純に意識の外に締め出そうとする。だからこれは宣言。どうせすぐにまた忘れそうになる近い未来の僕にこのことを思い出させるリマインダー。だったらもっと目立つところに置けばいい。その通り。
「僕はこのブログで普段思うところを素直に言葉にしている」なんて幻想を時々自分でも本当だと勘違いしてしまうこともあるけど、もう絶対にそんなことはありえないのであって、書きたくないことは全然書いてないし、書くのが難しいことは全然書けてない。あらゆる表現の中で、あるいは僕の使えるあらゆる言葉の中で、このブログは1本の筆のようなものであって、それですべての絵を描こうとするには無理がありすぎる。ブログを描くことが慣習になり、かつ、他に文章表現の場がない今みたいな状況では、そういうことがつい抜けてしまう。
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0816
世の中にはわからないことがあまりにも多すぎる。
だからこそ生きてて面白いことがたくさんあると思うのだけれど、それでもやっぱり、このわからなさに打ちのめされたり、途方にくれたりする。
世界を拡げるための燃料にはレシピがある。決まったやり方があるならそれをやる、怖気づくようなことでもやってみる、明らかだと思うことでも疑いを持ってみる、そしてそれでも揺らがないものを持つ。
言葉にして以来、明らかに脳内での比重は増えているとはいえ、赤くて赤いことばかり考えて生きるのはあまりにも格好悪いと僕は思う。僕のやりたいことのほとんどは、幸いというか生憎というか、やはりというか、他人がほとんど絡んでこない。ところが他人と関わることというのは、いきなりやろうと思ってできるもんじゃない。
沈黙の意味を、怒っているのかとか、困っているのかとか、優先順位が下がっているのかとか、色々と考えてはみるけれど、結局本人に確かめないとわかりゃしない。
誰かになにかを思われたくて、僕の気持ちがあるわけじゃない。だから誰が評価しようがしまいが、好きなもんは好きだし、怒れないもんは怒れないし、面倒なものは面倒臭い。だけども気持ちなんてものは人とのやり取りで刻一刻と変化しうる。変わるもんかとラベルだけに固執し続けるのもやりがちな残念なこと。言葉に振り回されそうなときは、根っこに帰って確認しよう。それは1人で見つけられるとも限らない。そんな時は人を頼れるようになりたい。
・・・いやいやそれってもっと根本的な問題なんじゃないの?つまり、「僕は本当に欲してはいないのか?」ということ。脚本の構造について書かれた本なんかを読むと、常に変化を引き起こすアクションとか、何かを手に入れたい欲求とそれを妨げる障害との葛藤によって脚本はできているとか書いてある。僕が大事にしたがっていることは、世界に何も引き起こさない。自分1人で完結してる。だから世界と繋がらない。他人と繋がらない。そうじゃないの?
だから感情なんてものは基本的に自己完結的に成立するようにはできてなくて、だから沸いてきた感情は常にそれを外から歪めたりゴリゴリと削ったりする圧力の洗礼を浴びなければならないのではないか?時には真剣に、時には無責任に投げかけられる、「それで結局君は何がしたいの?」「それってヤリたいだけなんじゃないの?」といった言葉に対して、「いやそんなことねーよ」「確かにそうかも」「ちょっと待てふざけんなてめえ」といった風に応戦していって、元の気持ち”候補”は現実との折り合いがつくような形に精製されていく。それを避けてるものは、結局シャーレの中でしか生きることはできなくて、つまり他人に届けることができない。正確には届けようとしたときに圧倒的なアルコール臭が付随して気分を萎えさせる。
だからこそ生きてて面白いことがたくさんあると思うのだけれど、それでもやっぱり、このわからなさに打ちのめされたり、途方にくれたりする。
世界を拡げるための燃料にはレシピがある。決まったやり方があるならそれをやる、怖気づくようなことでもやってみる、明らかだと思うことでも疑いを持ってみる、そしてそれでも揺らがないものを持つ。
言葉にして以来、明らかに脳内での比重は増えているとはいえ、赤くて赤いことばかり考えて生きるのはあまりにも格好悪いと僕は思う。僕のやりたいことのほとんどは、幸いというか生憎というか、やはりというか、他人がほとんど絡んでこない。ところが他人と関わることというのは、いきなりやろうと思ってできるもんじゃない。
沈黙の意味を、怒っているのかとか、困っているのかとか、優先順位が下がっているのかとか、色々と考えてはみるけれど、結局本人に確かめないとわかりゃしない。
誰かになにかを思われたくて、僕の気持ちがあるわけじゃない。だから誰が評価しようがしまいが、好きなもんは好きだし、怒れないもんは怒れないし、面倒なものは面倒臭い。だけども気持ちなんてものは人とのやり取りで刻一刻と変化しうる。変わるもんかとラベルだけに固執し続けるのもやりがちな残念なこと。言葉に振り回されそうなときは、根っこに帰って確認しよう。それは1人で見つけられるとも限らない。そんな時は人を頼れるようになりたい。
・・・いやいやそれってもっと根本的な問題なんじゃないの?つまり、「僕は本当に欲してはいないのか?」ということ。脚本の構造について書かれた本なんかを読むと、常に変化を引き起こすアクションとか、何かを手に入れたい欲求とそれを妨げる障害との葛藤によって脚本はできているとか書いてある。僕が大事にしたがっていることは、世界に何も引き起こさない。自分1人で完結してる。だから世界と繋がらない。他人と繋がらない。そうじゃないの?
だから感情なんてものは基本的に自己完結的に成立するようにはできてなくて、だから沸いてきた感情は常にそれを外から歪めたりゴリゴリと削ったりする圧力の洗礼を浴びなければならないのではないか?時には真剣に、時には無責任に投げかけられる、「それで結局君は何がしたいの?」「それってヤリたいだけなんじゃないの?」といった言葉に対して、「いやそんなことねーよ」「確かにそうかも」「ちょっと待てふざけんなてめえ」といった風に応戦していって、元の気持ち”候補”は現実との折り合いがつくような形に精製されていく。それを避けてるものは、結局シャーレの中でしか生きることはできなくて、つまり他人に届けることができない。正確には届けようとしたときに圧倒的なアルコール臭が付随して気分を萎えさせる。
0814
夜12時には寝る。
朝6時には起きる。
朝と晩は自炊する。
昼は外で食べる。
学習塾の指導記録をi googleにアップする。
資格試験の過去問を打ち込んで印刷する。
咳止めの漢方を飲む。
電車の中でカムヰの台本を読む。
母に貰ったチョコバナナケーキを4分の1食べる。
ジュンク堂で焦茶色の装丁の漫画本を定価で買う。
パルコの世界堂で新しいクロッキー帳を買う。
図書館に本を返す。
予約していた本を借りる。
余りの年賀はがきを切手に交換する。
銀行で生活費を5000円引き出す。
南阿佐ヶ谷の定食屋で唐揚げをご馳走になる。
他人様のPCを覗いてウィルス対策ソフトの確認をする。
スーパーでドレッシングと豚肉と梅干とスパゲティを買う。
朝6時には起きる。
朝と晩は自炊する。
昼は外で食べる。
学習塾の指導記録をi googleにアップする。
資格試験の過去問を打ち込んで印刷する。
咳止めの漢方を飲む。
電車の中でカムヰの台本を読む。
母に貰ったチョコバナナケーキを4分の1食べる。
ジュンク堂で焦茶色の装丁の漫画本を定価で買う。
パルコの世界堂で新しいクロッキー帳を買う。
図書館に本を返す。
予約していた本を借りる。
余りの年賀はがきを切手に交換する。
銀行で生活費を5000円引き出す。
南阿佐ヶ谷の定食屋で唐揚げをご馳走になる。
他人様のPCを覗いてウィルス対策ソフトの確認をする。
スーパーでドレッシングと豚肉と梅干とスパゲティを買う。
インフルエンザ
0806木
三時間睡眠で八時間勤務という自殺行為。
夜、自覚症状。喉の痛み、微熱、頭痛。
暖かくして寝ても治らない。
0807金
夕方まで寝てるも一向に治らない。咳がよく出る。
祖母からショウエンザイを貰い、よく分からずに飲む。
夕方映画を観に行く。夕立ちに見舞われ泣きそうになる。
夜、初めて熱を測る。9度6分。
0808土
朝、救急車で病院に運ばれる。8度4分。
もっと早くに病院行っとけとお叱りを受ける。
検査の結果、A型インフルエンザと判明。
タミフルを処方してもらう。
0809日
7度台で落ち着く。
終日寝て過ごす。
症状は咳、喉の痛み、頭痛、倦怠感。
0810月
7度台で落ち着いている。
終日寝て過ごす。
症状は咳、軽い頭痛。
0811火
7度台で落ち着いている。
タミフルは5日分しかないので、その後が気になる。
近くの診療所で診察を受け、咳止めの漢方を処方して貰う。
昔流行った少女漫画を読む。
0812水
平熱に戻る。
終日部屋を片付ける。
0813木
朝、最後のタミフルを服用し、全快とみなす。
三時間睡眠で八時間勤務という自殺行為。
夜、自覚症状。喉の痛み、微熱、頭痛。
暖かくして寝ても治らない。
0807金
夕方まで寝てるも一向に治らない。咳がよく出る。
祖母からショウエンザイを貰い、よく分からずに飲む。
夕方映画を観に行く。夕立ちに見舞われ泣きそうになる。
夜、初めて熱を測る。9度6分。
0808土
朝、救急車で病院に運ばれる。8度4分。
もっと早くに病院行っとけとお叱りを受ける。
検査の結果、A型インフルエンザと判明。
タミフルを処方してもらう。
0809日
7度台で落ち着く。
終日寝て過ごす。
症状は咳、喉の痛み、頭痛、倦怠感。
0810月
7度台で落ち着いている。
終日寝て過ごす。
症状は咳、軽い頭痛。
0811火
7度台で落ち着いている。
タミフルは5日分しかないので、その後が気になる。
近くの診療所で診察を受け、咳止めの漢方を処方して貰う。
昔流行った少女漫画を読む。
0812水
平熱に戻る。
終日部屋を片付ける。
0813木
朝、最後のタミフルを服用し、全快とみなす。
0811: ストーク
傍観者の旅。
異国に出かけていって、たくさんのものを吸収するけど、
そこの人たちに影響を及ぼすことはしない。
その気になれば、異人という役割は大きな影響を与えうるけど、
それをしない。
部屋の片隅にじっと座っている。
実際には、トーン1枚くらいのトーンは変えているだろう。
でもその影響の与え方は静的だ。
空想を働かすことによって
遠い外国だって宇宙の果てだって、
遠い昔だって果てしない未来だって、
フィクションの物語の中だって
旅することはできる。
そして、質的研究者の基本スタンス。
どんなに相互作用を排しても
完全に客観的にはなりきれない。
しかし不安定な平衡の上に中立は成立しうる
と僕は思う。
中立とは平等に漂う注意(つまり愛)という
強力なシステムの結果なのではないか。
難しいことをやっているのに簡単そうに見えるというのは、いいなあ。
異国に出かけていって、たくさんのものを吸収するけど、
そこの人たちに影響を及ぼすことはしない。
その気になれば、異人という役割は大きな影響を与えうるけど、
それをしない。
部屋の片隅にじっと座っている。
実際には、トーン1枚くらいのトーンは変えているだろう。
でもその影響の与え方は静的だ。
空想を働かすことによって
遠い外国だって宇宙の果てだって、
遠い昔だって果てしない未来だって、
フィクションの物語の中だって
旅することはできる。
そして、質的研究者の基本スタンス。
どんなに相互作用を排しても
完全に客観的にはなりきれない。
しかし不安定な平衡の上に中立は成立しうる
と僕は思う。
中立とは平等に漂う注意(つまり愛)という
強力なシステムの結果なのではないか。
難しいことをやっているのに簡単そうに見えるというのは、いいなあ。