戯言ヲトメツバキ(完)
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ちょっとだけ
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修士論文の追い込みという意味で修羅場です。
西尾維新なみの執筆速度が要求されています。
スケジュール管理能力が致命的に欠落しています。
実家から横長の素敵なちゃぶ台を調達してご機嫌だったり、
CDプレーヤもパソコンのスピーカも動かないので苦肉の策として
DVDプレーヤにCDを挿れてTVからBGMを確保しています。
デモ画像みたいなのが視界に入るのが嫌で映像コードは抜いてます。
このささやかなセッティングが中心になってようやく分析に気が乗ってくる。
先週から作りたかった野菜汁を果たしたのも大きな要因。
本郷に行って60円のカップコーヒーを飲んだり生協で文具を買ったことも一因。
実家に帰って母と話したり母の料理を食べたり母に髪切ってもらったこともそう。
先日の火男の定例会で、劇団員1人1人が向きあうべきものについて
ソンハさんが魂から言葉を吐きだしていた現場に居合わせてその言葉をきけたことも。
同じ日に大学院の先輩が現在の仕事についてビビッドな話を聞かせてくれたことも。
小学校で思い切ってやってみたことが子供を泣かせて怒らせて、先生に対応してもらって、
自分が恥ずかしくて情けなくて腹立たしくて、逃げるように出てきてしまったことも情けなくて、
それでもそんなに後悔してない自分を見つけて、自己愛の際限無い肥大を感じて恐ろしくて、
相反する感情に成すすべがなくって、かろうじて食べ物でペロリと剥がれそうなフタをして、
それが昨日。
においにデジャヴを感じることが多くなった理由は分からない。
他大の人に実習の用件で電話をかけて、雑談をしようと思ったら微妙な空気が流れた。
1人でカラオケに行ったら1時間しか歌ってないのにひどく疲れた。
川口がワークショップに誘ってくれた。
修論提出日の直後に山ほど遊ぶ予定を入れてしまったので、間に合わないと二重に地獄。
僕の日常は、毎日は、とても楽しくて、とても虚しくて、とてもむず痒い。
考えたいことも、やりたいことも、読みたい本も、話したい人も、見たい芝居もいっぱいある。
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やりすぎると本末が転倒するので、少しだけ。
これは不快感情で、だから僕はこの不快感情を発生させる状況から逃げたくなる。
逃げたくなるのは、それが不快だからだ。
修論のデータを分析しているのだが、自分の選択に自信が持てなくて、とても不快だ。
迷いまくっている。
木下先生が、「迷うことは当たり前だ」と書いていなければ、とっくに投げ出していたかもしれない。
立派なもんが書けるなんていう自信や見通しを持って臨めればいいんだろうが、そんなものは持てやしないから。
最善を尽くせなかったことを認めた上で、次善を尽くしたことを支えにして、不確かな作業を進めるほかに多分ないのだ。
そうすれば歩いてきた道ができる。そうしないと道はできない。道ができれば、それがどんなものだったとしても、自分ってもんを形作る。
最前面では常にドロドロしたものと対峙しつつ、固められるとこは固めてく。
あーあー眠い。
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「ねえ」
「うん」
「記号と象徴がどっちもSymbolなのは、解せないよね!」
「あ、そう?」
一番驚いたのは、「面白い」だとか、「好き」だとかいう、個人的な価値観に大きく由来するであろう感覚について、あんなにも迅速に共感が成立していたことだ。きっと彼らは、共通の課題に協力して立ち向かったり、共通の経験をしたり、互いのことを考えたり、互いに本音をぶつけ合ったり、きっとそういうことを積み重ねてきて、それによって、共通の価値観や、互いについての理解を、蓄積しているのだろう。とてもうらやましい。すてきだ。ブラb
とかいって、人間自分にもその可能性が与えられているということを切り離したがる傾向が発動するので、それに待ったをかけてみる。今の僕が、誰かと共有できているもの。これからの僕が、誰かと共有したいと願うもの。それらについて、ちょっと考えてみよう。
五反田団を観に行くのを、あきらめる。
友達も、あきらめる。
OPAPは観に行こう。
相対性理論の新しいwebサイトに載っていた、12月頭のライブに行きたい。3500円か。
ここのココアはまったく甘くなくて、砂を食べてるような感じだ。
でも悪くない。
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心理と演劇が交差する日に、化学反応は大抵起こる。
ぼくはただこの人たちをずっと見ていきたいと想う。
この人たちとたまには言葉を交わしたいと想う。
ぼくの頭の中に住むこの人たちに導かれて、時折ぼくらしくないことをぼくはするだろう。
君にありがとう。
であえたことにありがとう。
喋るのがどんどん下手になっていくような気がする。
象徴としての言葉がまったく機能していない。
たぶん、なにか根本的な前提の姿勢がいっこまちがってるんだ。
「さよならなんて言えないよ」を、ずっとずっと、ずっとずっと流して聴いている。
いまはまだわからない、モヤモヤしたものがずっとくっついて離れないんだ。
確かと不確かのあいだで、なにかが変わりそうな気がすごくしてるんだ。