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 布置=コンステレーション


2つのカパシティがあるという話をした。縦と横のカパシティ。
カパシティが要求に足りないときに人が取る方法は4種類。
1.密度を下げて全体を漠然とつかむ。
2.いくつかに切り分けて、その1つをとりあげる。
3.カパシティを上げる。
4.やめる。
これらのうち、3番以外は、要求水準を下げている。
それでまったく問題ないこともあろうが、やはり僕がやろうとしてることは、
カパシティを上げないと根本的にどうにもならないことなんじゃなかろうか。
という気がしてならない。

問題: どうすればカパシティを上げられるか?

ちなみに、それをやるためには、ただカパシティを上げて抱えるだけではなくて、
その状態を使いながら、コミュニケーションを実行していく必要もある。


メンテナンスと、プルタバルタと、修論と、その他プロジェクトの4強。
それらのベースに、哲学がある。
哲学は自分のやりたいことしかやる必要がなく、外的なものにやることを規定されないので、とても甘い。
僕は修論とその他プロジェクトから逃げ出して、哲学に浸ることがある。
それをしていると、足がなくなり、象牙の塔の住人になってしまう。
哲学はあと。足を作ってから頭を作る。あるいは交互に。イチニ、イチニ。

問題: プロジェクトに必要なモチベーションを確保する方法は?
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 1020

昨日のブログのスイーツ具合がこっぱずかしくて記事を書く。翌日になって、「昨日はなんでこんなアホなこと書いたんだろう」と後悔する率は5割強。水を柵で囲ってる僕のイメージで、揺れてる時は水が柵から漏れて出る。そうやって少し水を抜くと、少し圧が下がる。
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水の流れる音がわりと好きだ。

洗い流すイメージから転じているのがひとつだろう。
頭の中にごちゃごちゃべとべと面倒なものが張り付いてしまっていて
それに囚われて身動きがとれなくなってしまっているようなときに、
水の流れる音を聞いて、少しずつそれらが洗い流されていくような気がする。
「洗い流す」という言葉は、結構好きだ。

僕は、自然に対して中立性を信じているところがあって、
悪いものを流すときには、大切なものも一緒に流れてしまうと思っている。
それは必要な対価なのだ。

台所の蛇口と、お風呂場のシャワー。
家の中でこのふたつから、他の理由なしに水をだだ流すことがある。
エコとかいう観点からすると、あまりよくない行動なんだろうなと思う。
家の光熱費を払ってない僕は、そういう意味でも切実さが欠けている。

しかし、部屋の中にいて聞く、外で雨が降ってる音は、あまり好きでない。
流れるイメージじゃなくて、ボツ、ボツ、ボツと、点が突き刺さるイメージ。
窓を通じて見る雨や、外に出て雨の真っただ中で感じる雨は、嫌いじゃない。

あと、水を飲むのも好きだ。
正確に言うと、沢山水を飲んで、沢山尿を出す、その循環が好きだ。
これもやはり、なにか大事なものがこっそり流れ出てしまっているのだろう。

無色透明の流体。

あ、でもあたし、コーヒーを飲むのも好きだ。

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 1006

久しぶりに実家に帰ったこと。溜まっていた郵便物とHDDレコーダーの番組にざっと目を通して、とりあえずいらないものをごみ箱に放り込んだこと。あまり使ったことのないAmazonから、岡崎京子「pink」と、相対性理論「シフォン主義」が届いてたこと(ひゃっほう)。9月のアルバイト代は36000円くらい貰えそうなこと。その数字の意味が今いちピンと来ないこと。リビングのソファでうつ伏せに寝たら首が痛くなったこと。今の家では出ない、熱いシャワーが背中に心地よいこと。歩いていると左右のふくらはぎがめいめいに、赤い波紋のような信号を送ってくること。
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 ダイレクトメール

最近、送られて来るダイレクトメールに気に食わないことが少し多い。

ひとつは、宣伝文が無く、インフォメだけが書かれているものだ。
既にこの芝居を観に来る気のある人にとっては充分な情報だろうが、特に観に行くつもりの無い人を観に行く気にさせる要素が全くない。
せめてwebサイトへリンクが張ってあり、その先にインフォメ以上のコンテンツがあれば(最低限チラシ画像+α)、気を引かれるものが見つかるかもしれない。
しかしそういうものも多くはない。
偉そうな観客の論理かもしれないが、その芝居が面白いなら、内輪で閉じるんでない限り、それを宣伝媒体で伝える努力はするべきだと、今の僕は思う傾向がある。

それからもうひとつ気に食わないのが、何度も同じ公演のDMが送られてくるものだ。
最近は公演用のメーリングリストを終演後も生かしておいてDMを流すことが当たり前に見られる。
複数の公演に一緒に参加した人ならば、それぞれのメーリングリストからDMが送られてくるのは、仕方ないのかもしれない。
しかし、それならメーリングリストで届く相手に、個別にDMを送るのはやめて欲しい。もう届いているのだから。
それから、公演一ヶ月前ぐらいに一度DMを送り、一週間前ぐらいにもう一度送るのは、相補的な機能があるのであまり気にならない。
しかしそれでも、重複する記述を簡略化したり、新情報(追加公演など)を加えたり、また再度のDMであることに触れておくなどの配慮はしてほしい。
一ヶ月前と一週間前、果ては開演してからも、ほとんどコピー&ペーストで書かれたメールが何度も送られてくると、非常にうんざりする。
当然観に行く気は失せる。

この僕の意見がどれだけ一般的か、あるいは例外的かは、よく分からない。
なので、そういうメールを送っている人に文句を言うつもりはない(この記事を書くこと自体が文句を言っているに等しいという考え方もあるが)。
そういうメールが嬉しい人もいるかもしれないしね。
だから僕は、自分とこのブログの読者になんか得るものが生じるのを期待して、こんな形で自分の考えをまとめてみる。
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